ブログで欝を語ることは
こういう、不特定多数の人の目に触れる(触れうる)場所に、
「欝」という、暗くネガティブになりがちなことを書くことに、私は抵抗がありました。
(その分、mixiの、欝仲間がいる場所に書いたりしているんですが
)
けど。
伝えないと、伝わらない。
今、そう思っています。
私は欝入ってるけど、
いつもどよ~んとしてるわけじゃない(治ってきてるってこともあるけど)。
それに「書く」という作業によって、自分の気持ちに「ベクトル」が生じることが多い(特にネガティブなことを書くと、自分で自分をさらにネガティブなほうへ追いやってしまう)。
なので、できるだけ、明るいこと・楽しいこと、もしくはニュートラルなことを書くように心掛けていました。
また、友人・知人に電話やメールをするとき、
少しでも精神状態が良いとき・「普通に対応できるとき」を選んで連絡を取るようにしていました。
…そもそも、欝モード真っ只中だと、連絡を取ろうという気すら起きないんですが。
でもこれじゃ、「元気(そう)な私」しか、相手に伝わらないんですよね。
ちゃんと裏を読んでくれていて、伝わってるのかもしれないけれど。
実際、メールの返事等で、どうしてそこまで分かってくれるの?と、わかってもらえる嬉しさに涙することがあったりします。
でもやっぱり、
伝えないと、伝わらない。
基本はこれだと、思うんです。
…これ、先日BUMP OF CHICKENの「ギルド」という曲の一節を聴いて、ふと思ったことなんですね。
正確には、この曲を聴いて思い出したのではなく、一昨日、こんなこと歌ってる曲があったなぁ、何だっけ?と思い出して「ギルド」を見つけたんですが。
その一節とは、これです:
当り前だろう 隠してるから 気付かれないんだよ
初めて聴いたとき、「あぁ、私のことだ」と思いました。
今、このブログを通して、
「その場しのぎで笑って 鏡の前で泣」くことなく、「隠」すことなく、伝えたいと、思っているところです。
「気付」いてもらいたいんです、本当は。本音は。
私は人前では強がってしまうんです。
元気な振りをして。
それこそ本当に「その場しのぎで笑って」。
…反射的に笑顔をつくってしまう自分がいやで、後で泣いたことも、数知れず。
だというのに、そうやって強がる割には、強がってる私を見た人から、だいぶ良くなったんじゃない?とか元気になったね、とかと言われると、凹んだりすることがあります。
(でも、実際に調子良くて元気なときにそう言われるのは嬉しいんですよ。めんどくさいやつですね。)
なので。
等身大の自分を出していきたいと思うんです。
すぐ背伸びしてしまうから、意識して、等身大になりたい。
もちろん背伸びをする必要のある場面もあるだろう(特に仕事をしていたりすると背伸びは必要だと思う)。けど、そうでない場面だってある。
コントロールできるようになりたいです。
…でも、わざわざ調子悪い時に「こんな調子悪いですよ~
」って連絡とるのもいかがなものか、なので。
調子の悪い時に強がらないように、カラ元気でごまかさないように、っていうのが現実的な目標となるでしょう。←なんか他人事みたいな書き方だな。
それができるようになったら、私、ずいぶん楽になれるんじゃないかなって気がする。
…「弱さ」を出せる相手がいて、
ちゃんと「弱さ」を表現することができる…
というのは、このきゅぅきゅぅとした、「ゆとり」のない現代社会で生きていく上で、重要な「スキル」なのかもしれないなぁ、なんてふと思ったりもしています。
私に限らず、一般的に、ね。
これってつまりは、
人とのつながりは大事だなぁ…。
ってことになるんじゃないのかな?
と思っているところです。
ポイントは、「相手」です。
まず、自分の「弱さ」を適切に表現するには、
それを自覚してちゃんと捉えることが必要で。
それはつまり、自分を客観視することであって。
それはつまり、問題を明らかにするということなのであって。
問題を明らかにすることは、それ自体ですでに問題が八割がた解決されたようなものであるんだと思う。
そして、この作業(「弱さ」を適切に表現すること)の効果は、伝える相手がいるといないとでは大きく違う。
「誰か」に伝えることそれ自体によって、客観性は(自分の中だけでも)大きく増す。というのも、伝わらなければ意味がないから、相手にわかるように組み立てなおさなければならない。ひとりよがりな表現では通じないから。
伝えるという作業により、問題はさらに明確になる。絞り込まれていく。無駄なものがそぎ落とされていく。逆に新しい発見もある。
また、伝える相手から返ってくる反応は、物事をさらに明確にする。
たとえば、一人で考えている時よりも、多方面から「それ」を見ることになる。つまり違った見方ができるようになる。
とくに鬱状態にあると、ものの見方がある決まった枠組みの中に入ってしまって、視野が非常に狭いことが多い。同じところをぐるぐるとまわり抜け出せず、さらに悪いことにどんどんネガティブなほうへと渦を巻いて落ち込んで行ったりする。
「誰か」がいれば、それを防ぐこともできる(可能性が高い)。
…ということが、ここ数年、苦しみにのたうちまわったりした中で、行きついた考えの一つです。自分の体験を通じて、つかみ取ったものです。
もちろん完全に独自につかみ取ったわけではありません、いろいろな人とのやり取りや、本などから得たものを自分なりに消化して「自分のもの」にできた(と思っている)ものです。
ここで書いたことは、「弱さ」に限らず、いろんなことに対して言えることだと思うんです。
どうでしょう?
あなたはどう思いますか?
いろいろな意見・考え方があると思います。
いろんな人からいろんな意見を聞いてみたいなー、と思ってしまいます。
私には、そんな「誰か」がいてくれる。幸せなことです。
私も、誰かにとっての「誰か」になりたい。
たくさんの人にとっての「誰か」になりたいな。なれればいいな。
お互いに、そんな「誰か」が多い方が、きっと幸せだよね。
…ここ数年、いろいろなやり取りを通じて、そう思うようになった私です。
最近多い、絶望的な悲しい事件。
それを起こしたひとたちには、「誰か」はいなかったのだろうか?
最近、そんな風に思うようになりました。
「誰か」の存在は、
他人を傷つけることも、
自分を傷つけることも、
防いでくれるんじゃないかな?と思うんです。
これって、甘い考えでしょうか?
「ギルド」について![]()
この曲、初めてちゃんと聴いたときは、泣きました。
上記の部分だけでなく、この曲、ひいてはこの曲が入っているアルバム(『ユグドラシル』)が、そのとき(欝状態の時)の私の心にぴたっと来たんですね。ぐさっときた、というべきかも。
何でこんな曲が書けるの?とよく思います。BUMP、すごいバンドです。作詞作曲の藤くん、すごいです。若いのに(←こう書くと年寄りくさいね
)。
ちなみに、「ギルド」の歌詞全文は
で探してみてくださいm(__)m
(歌詞への直リンクは禁止だそうなので
)
でも歌詞だけよりも、歌として聴いてくださいー!
「ギルド」、とてもいい曲です。深い歌です。
ぜひ多くの人に聴いてもらいたいなぁと思う曲です。![]()
収録アルバムはこちら↓
![]() |
ユグドラシル アーティスト:BUMP OF CHICKEN |
また、「人形劇ギルド」というDVD作品もあります:
![]() |
BUMP OF CHICKEN "人形劇ギルド" 販売元:トイズファクトリー |
時には本・映画などを見て、また音楽を聴いて、だーっと涙を流すのも、気持ちがいいものですよね。
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コメント
私もうつ病ブログをやっていますが
最近、本音を書いたところ、すごい荒らしにあって
それ以来、本音を書くのが怖くなってしまいました
そういうことはありませんか?
投稿: うさぎ | 2008/06/20 09:44
うさぎさん、初めまして!
おいでいただきましてありがとうございます
荒らしですか!そういうことがあるんですね
言葉が見つかりませんが、お気の毒です…。
幸い、私はまだそういうのにあったことはありません。
今後そのようなことがありませんようにとを祈るのみです。
情報、どうもありがとうございました。
ブログも(まだちょっぴりですが)拝見いたしました。
お互い、ココロの声を素直に発信していきたいですね。
しかし、本音が言えない世の中というのは、嘆かわしいものですね。←こういうことを書くと標的になりやすいのでしょうか
投稿: ごろすけ | 2008/06/20 13:50